歴史
誕生前の両国関係
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世界の仲間入りを願う日本と、コーヒー生産の労働力が欲しいブラジルが、1895(明治28)年パリで日伯修交通商航海条約を結びました。 |
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1908(明治41)年に笠戸丸が移住者781人を乗せて神戸港から出発、その後ブラジルへは神戸が主要移住基地となりました。 |
日伯協会が誕生
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1926(大正15)年、日伯協会は、兵庫県知事、神戸市長、神戸財界人の有志によって誕生しました。最初の大仕事は、日本初の国立移民収容所(後の移住センター)を神戸に建設することでした。 |
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世界大戦で休止
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戦前最後の移民船が1941(昭和16)年に出発したが、同年12月8日の日米開戦によって移住は途絶え、ブラジルとの国交も断絶。協会も一時閉鎖を余儀なくされました。 |
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戦後、移住再開
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1950(昭和25)年10月6日外務省の財団法人として認可され、 |
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中興の祖と現在
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1972(昭和47)年1月、上田将雄氏(後にブラジル連邦共和国名誉領事)が就任。そのあと平田幸廣氏が就任、現在は西村正氏が理事長を務めています。 |
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1979(昭和54)年4月28日、1971年に神戸からの移住が終わってから初めての顕彰事業として、旧移住センター敷地内に本協会主導で「ブラジル移民発祥之地」の記念碑建立。 |
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2001年(平成13)年3月13日、船舶画の第一人者野上隼夫画伯によって移民船時代の笠戸丸の絵が完成しました。 |
2008(平成20)年4月28日、ブラジル移住100周年の式典が東京・神戸で開かれました。神戸の祝典では皇太子さまをお迎えし、神戸港メリケンパークから「友情の灯」をブラジルへ送り出しました。 |
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2009(平成21)年6月3日、ブラジル移住100周年事業の一環として、保存・再整備がすすめられていた「旧神戸移住センター」が「海外移住と文化の交流センター」として新たに生まれ変わり、開館しました。 |

